日本の再生に向けて

戦後教育の洗脳から脱却する為に、近現代史を学ぼう

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「日中共同声明」から40年 変化した我々の社会

 この40年間に我々の社会はどう変わったでしょうか。
「日中友好」に関して言えば、私は大きな変化の象徴として、1989年のベルリンの壁の崩壊と、平成7年(1995年)頃から普及し始めたインターネットを挙げます。片や「世界を徘徊した妖怪」(マルクスの言葉)である共産主義の破綻であり、もう一方は通信技術革新の成果です。
 共産主義体制の崩壊は、70年続いた共産主義本家のソ連の解体に止めを刺します。 
インターネットは平成9年頃から個人の利用者が急増し、今では8割近くの人がメール、ホームページ、ブログを利用し、それまでとは違った自由で安価な情報の発信と交換を生み出しました。
インターネットの普及は、情報を扱うマスメディアと学会や大学等の歴史観形成機関の独占を崩しました。マスメデイアは「日中友好」が大勢を占め、歴史観形成機関は自虐史観の様な史実に拠らない教条主義的な歴史観が蔓延っていました。中国と同じ統制された言語空間にいた訳ですが、インターネットの普及で日中間に情報量と質で乖離が始まりました。平成に入ってからは中国に対して拮抗していた好悪の感情が、普及し始めた以降に逆転した点がそれを裏付けます。

 この40年間で共産主義に対する幻想が亡くなり、必要とする情報へのアクセスが自由となり、そして「中国」が身近になった事で当然の結果ですが、我々の意識が変わりました。

 日中関係で言えば、40年前の甘い幻想と期待の対象から、現実の対象となりました。当たり前のごく普通の対象となった訳で、結果は全般的に否定的なイメージに変わった結果が親近度調査に出ましたが、親しみ度のマイナス原因は、中国人の犯罪や毒餃子や尖閣での領海侵犯等の事件が挙げられますが、それらは表面の事件で直接的な原因の裏に、我々が持つ歴史観が変わった事が一番大きな要因であると思います。
人の意識や見解は、過去の縦糸‐歴史からの経験知である歴史観と、現在の横糸‐事件と現象が織りなして織物の模様の様に作られます。横糸である社会が変わったのに加えて、縦糸も変わったから、意識がガラリと変わったのです。

 歴史観が変わった。でも未だ沢山の歴史観が日本にはありますが、確実に亡くなったのは自虐史観でしょう。
この自虐史観も一見大多数の人達が支持しているように思われがちです。
TV・新聞のマスメデイアと歴史観を形成する大学の先生がこの自虐史観汚染されていますが、一般の人は極々一部の人を除いて、既に洗脳が解かれました。

日本ではこの汚染された人達の除染作業が進行中です。尖閣問題、教科書採用、国旗・国歌等で炙り出されてきており、除染作業を続けて行けばいずれ退治されると思います。

私の感じではノックアウトのカウントダウンが始まっていると思います。

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