日本の再生に向けて

戦後教育の洗脳から脱却する為に、近現代史を学ぼう

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「トラスト・ミー」と「信じて下さい」の違い

トラスト・ミー」と「信じて下さい」の違い
   鳩山元首相の天才的な詐欺師的な言い方と、
                   野田玄首相のノー天気さ



 鳩山はアメリカ大統領に向かって「トラスト・ミー」と、野田安倍晋三自民党総裁に向かって「私を信じて下さい」と宣うた。

 安倍さんは鳩山と同じだと言うが違います。「トラスト・ミー」は日本語で「私を信じて、任せて下さい」であり、その違いには天地程のの開きがある。「トラスト・ミー」とは「俺がやるからアンタはごちゃごちゃ言わずに黙って見ていなさい」と言うのが、本音でありそれをアメリカ側は知っているから、手出しが出来なくなってしまったのだ。
アメリカに留学して程の鳩山であるから、「トラスト・ミー」が持つ意味を知っていたはずで、自衛もロクに出来ず東アジア共同体を創ろうなんてほざいた鳩山が言ったのは、譬えて言えばおっぱいを飲んでいる赤ん坊が母親に向かって「ミルクは自分で飲みますから心配しないで」と言ったようなものだ。

 鳩山は幼児的でありながらやる事の「こすさ」にかけては日本人離れをしている。母親に小遣いを貰いながら代議士となる事に何等矛盾も葛藤も感じない点で、彼は精神発達医学の点からは標本となるだろうが、絶対に人の上に立ってはいけない人間だ。

 一方の野田は、頭の中が「世界平和」「人類皆兄弟」「日中友好」であり、「諸国民の公正と信義」を疑いもなく信じているノー天気人間である。

 ここで言いたいのは、鳩山と野田を一緒くたにするなであり、似た者同士と観る事は誤りである事を認識する事だ。
ある意味で野田は未だ根が腐っていないから、彼には耳元で百万遍同じことを聞かせる事であろう。反日売国の連中が耳打ちする前に、大声で言う事だろう。

今は、「解散は国益に適う」と「国益」を前面に出せば野田は聞く耳を持つだろう。
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