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国際戦での慰安婦問題⑤

国際戦での慰安婦問題⑤

韓国憲法裁判所の判決文
      2011年8月30日被告(国)の不作為を憲法違反と判決


 慰安婦問題は、2011年8月30日の韓国憲法裁判所の判決で、新たな段階に入った。
宣伝戦の始まりである。

 慰安婦性奴隷肯定派は、日本と米国での裁判闘争に敗れ、IWG調査で日本軍の悪逆を見つける事が出来ず、運動は停滞していたのだが、この憲法裁判所の判決で息を吹き返した。

 判決後の李明博大統領の慌てぶりは先稿④で記した。

その判決文を、以下で解説する:
(赤字は筆者注書き)
ーーーーーーーーーーーーーー
本訴訟での訴え人 は、第二次世界大戦中に日本軍により性奴隷に強制された所謂「従軍慰安婦」と呼ばれる犠牲者である。
 (注1:何の根拠も証拠もなくいきなり慰安婦は性奴隷と定義した。極めて独断的である。)

1965年6月22日に大韓民国は日本と「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本と大韓民国との間の協定」(条約第172号、以下「協定」と呼ぶ)を締結した。
その第2条第1項 で、日本は特定の目的に拘束されない金額が明記された無償援助又は貸付を供与するが、この供与は両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権をも含めた問題の完全かつ最終的に解決に応じるものである。


 「従軍慰安婦」犠牲者の問題に関しては、1990年以来重大な問題として提起されている。
日本政府は、韓国政府が「従軍慰安婦」の様な国家が関与した人道に対する法的犯罪が協定で解決されることを考慮されていない故に日本政府は法的責任があるとの表明に対して、前述の第2条第1項により国に対する損害賠償を請求するあらゆる権利は消滅していると主張し、訴え人に対しての損害賠償を繰り返し拒否している。


 この様な背景のもと、訴え人は国が任を全うしてない‐協定第2条第1項の解釈紛争に前述した様に対処しない国の不作為は、訴え人の基本的人権 を侵害するものであり、従って憲法違反である。
(注2:裁判所は、国と原告-慰安婦の間に紛争があると曲解した。協定は日本と韓国の国と国との紛争を想定しており、国と個人の紛争を想定していない。)


争点
 本訴訟での争点は「従軍慰安婦」の訴え人の基本的人権が、「従軍慰安婦」の賠償請求権が協定第2条第1項で消滅しているかの解釈で生じている紛争を解決せず同協定第3条によって対処をしない被告(韓国政府)によって侵害されたか否かである。
(注3:こじつけでしょう。)


判決
法廷は6対3の票で、本件での国の不作為は以下の理由で憲法違反と採決した。



1.(憲法違反とした)6名の判事の見解
憲法の前文・第10条・第2条第2項と協定第3条の規定により、国が紛争解決を追求する義務は、日本の組織的且つ継続的な不法な行為により尊厳と価値が著しく毀損された訴え人が日本に対しての裁判に勝てるように援助し保護する憲法上の要求に由来する。
国がこの紛争に対処するべき義務を全うしなければ訴え人の基本的人権が著しく損なわれるだろうから、この訴えに対処する国の責務は憲法に由来し法律に明記されている。

(注4:「組織的且つ不法な行為」の証明をしていない。当然視している。」)
 
 韓国政府は「従軍慰安婦」犠牲者の基本的人権を直接的には侵害しなかったが、日本による賠償の支払いと、使われた「請求権」を詳らかにしない儘に包括的な「全ての請求権」という言葉を使って「協定」に署名して犠牲者の尊厳と価値の回復を途絶させた責任は今も尚ある。
韓国政府側のこの責任を考慮して、政府は請求による解決の途絶を排除するべく努力する個別的・具体的な義務を持っていることは否定し難い。

(注5:協定を締結した事が間違いであった。その間違いを訂正しろとの判断。憲法裁判所に過去の協定を間違いと断定できる権利有りや?)


事実、日本によって為された広範に亘る反人道的犯罪による「従軍慰安婦犠牲者」の請求は、憲法によって保証された財産権の構成要素である。
そしてその賠償は、その権利を無残にもそして繰り返し侵害された人々の尊厳と価値と個人の自由の事後回復を意味する。
この意味で、請求による解決の妨害は憲法上の財産権に関する事と限定するだけでなく、人間の尊厳と価値の侵害にも直接的に関連する。
それ故に、基本的人権の侵害に帰結するところの意味は大きい。
同時に「従軍慰安婦」犠牲者は皆高齢であり、更に遅れることになればそれは歴史に対しての正当な裁きと請求による解決を通しての犠牲者の人間としての名誉と価値の回復を不可能にすることを意味する。
従って、犠牲者の(賠償を求める)請求が基本的人権の侵害に対する絶対必要な救済である事と、「協定」に署名した当時の背景並びに状況と現在の内外情勢の進展を考慮すると、本件の司法による効果的な救済の判決となることはあり得る。

(注6 「歴史に対しての正当な裁き」とは?
  誰が歴史を、正当に? そして 裁けるのか?
  神のみぞ歴史を正当に裁ける。)




国際情勢の理解を元に戦略的な選択が求められる外交の本質を考慮に入れても、被告の国が不作為の理由として述べた抽象的で不明瞭な「消耗戦となる法的紛争段階への移行の可能性」、或は「不安定な外交関係」は、合理的な理由とか又は国益として単に基本的人権侵害の重大な危機に直面する訴え人の救済を無視していることを十分に示すものである。

(注7:外交がどうなっても、兎に角一個人の請求、それも正当な請求かどうかも吟味されてない請求、の方が大事だと。)


 以上述べた諸点を考慮して、「協定」第3条による紛争の解決を求める事が、市民の基本的人権を保護する国家の唯一の調和のとれた権力の行使であろう。被告である国が介入しなかった不履行は基本的人権の重大な侵害となり、不作為は憲法の違反となった。
ーーーーーーーーーーーーー
 この憲法裁判所の国家運営を考えない傲慢で独善的な判決、これが韓国と言う国家の本質なのであろう。

朝鮮人が朝鮮人を国家として統治する事は、不可能なのではないか?

歴史はその様に証明しているが、この判決文を読んでみて、改めてそれを確信した。
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