日本の再生に向けて

戦後教育の洗脳から脱却する為に、近現代史を学ぼう

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旗日に思う その2

国旗掲揚

 1999年7月国旗国歌法は衆参両議院で可決承認された。
国旗国歌法の正式名称は、「国旗及び国歌に関する法律
(平成十一年八月十三日法律第百二十七号)」と言い、その中身は僅か2条である。

 第一条  国旗は、日章旗とする。日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。
 第二条  国歌は、君が代とする。君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。

  
そして施行日と国旗のサイズと国家の歌詞五線譜が、「附則」に書かれているだけである。

 この法律で国論‐国民議論は賛成多数なのに、国会が2分し、党としては民主党だけが党論を2分した。国会での本会議でも民主党が揺れ、社民党、共産党が反対論を繰り広げた。そんなバカな!とか、嘘だろう!と思われる方は、国会議事録を読まれると納得するであろう。ネットでその議事録を閲覧する事が出来る。衆院議事録(http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/145/0001/14507220001047c.html)。

 当日の国会本会議では、提案説明に続き、菅直人議員提出の修正案を鳩山由紀夫議員が趣旨説明を行った。その後で以下の各党意見が述べられた:
 -自民党植竹繁雄議員(賛成)
 -共産党山原健二郎議員(反対)
 -公明党・改革クラブ河合正智議員(賛成)
 -社民党・市民連合濱田健一議員(反対)
 -自由党三沢淳(賛成)

 鳩山議員は民主党が国旗国歌法で議論が分かれた事を述べた。その部分は「私たち民主党議員一人一人の心中も、正直言って揺れ動きました。そして、他の多くの政党とは異なって、私たち民主党は、愚直なほど何度も何度も議論を重ねてまいりました。その結果、多くの国民の心情を酌み取りながら、国旗については法制化を認めるものの、国歌についてはもっと時間をかけて議論をすべきと考え、今般、政府案に対する修正案を提出いたしました。」と。

 民主党の修正案は、「国旗を日章旗とする」のを、「国旗は日章旗である」と「とする」を「である」と修正し、国歌の法制化反対の趣旨から第2条を削除する内容であった。

 議事は先ず民主党の修正案を起立採決し賛成少数で否決された。(民主党全員が賛成したかは不明。)
そして本案の記名投票となり、賛成403、反対86の結果でもって衆議院で可決された。

 民主党内の意見が分かれたのは、そもそもその生い立ちに原因を求められる。
1996年1月11日に首相を辞任した村山社会党党首は、党を社民党と改称してリベラル路線を掲げた。この為身の置き所のなくなった社会党左派議員は、1996年結党の民主党に1998年に鞍替えした。つまり社会党右派は社民党員に、社会党左派は民主党員になったのだ。その社民党はその後福島瑞穂党首の元で左派路線に先祖がえりをした。だから国会で民主と共闘するのである。

 国旗国歌法案が出されたのは、新民主党が出来てから一年余りであったので、社会党左派と元自民党系議員で党論が分裂したのは当然の帰結であった。生れたばかりでいきなり難題を突きつけられたのだから、鳩山議員がぼやきたくなるのはわかるが、そもそも旧ソ連から資金援助を得ていた社会党左派議員を数合わせの為にと基本的な事を決めずに合体した事自体が問題であった。喩えて言えば、宗旨も家紋も決めずに結婚したようなもので、野合である。

 民主党には俗受けのするマニフェストはあるが、国の防衛や国益に関する点がないのは、国旗や国歌でさせ意見統一を出来ない生い立ちからの体質を持っているからである。
彼らにその難題を突きつけられたら永遠に意見一致を出来ない。ミサイルは飛んできて着弾爆発しても、憲法第9条の空理空論に耽るであろう事は疑いも無い。

 その鳩山由紀夫議員が昨日民主党党首となり、国旗国歌法に賛成した小沢一郎院政をしき、社会党左派議員がネクスト内閣の要職を占めるのが民主党である。
国旗国歌法でさえ党論が分かれる寄り合い所帯の党が二大政党制と称して、国家基本戦略もなしに、屁の役にも立たない「国民の生活が一番」を連呼して、政権交代を要求する。その厚かましさは、国民を愚弄する以外の何物でもあるまい。
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