日本の再生に向けて

戦後教育の洗脳から脱却する為に、近現代史を学ぼう

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“日中友好”は終わった

日中友好”は終わった


日中友好」を声高に叫ぶ人が最近いなくなった。変わったもんだ。

今日“中国”で浮かぶのは、反日教育、毒餃子、不法滞在、凶悪犯罪、歴史認識、とマイナスのイメージばかりで、良いイメージが浮かんでこない。

60年前に成立した新生中華人民共和国のイメージがつい最近まで素晴らしかった事を考えると、変わったもんだ。
ハエ一匹いない・ゴミ一つ落ちてない清潔な国、人民公社でのユートピアな生活、乞食がいない国、文化大革命(これも当時は+のイメージであった)、きれいな原爆を開発した国、米国帝国主義と戦う人民の味方、大躍進、抗日戦争の英雄毛沢東、若き先進的な革命家紅衛兵、国交回復後は、今では迷信と判ってしまった毛生え薬の数々の漢方薬等などがあった。

それが今は中共政権が憎み唾棄した支那4千年の文化歴史を立てるしか観光客を呼び寄せる手立てがなくなり、投資は人民の低賃金だけで呼び寄せている。

いや、悪い人ばかりでなく良い人もいるよと反論して今だ友好を唱える人や、戦前の日本を悪者にして贖罪意識から友好を唱える人もいる事にはいる。

12億人もいるから中国人の中にも友好を唱える人がいるだろうが、今の中共政府は全くその反対で、核ミサイルを日本に向け、尖閣列島を侵略しようとし、東シナ海では天然ガスを盗掘し、毒餃子では自分の責任は棚に上げて日本の所為にし、教科書には一々文句をつける等のその所業は、友好とは己の利にある時のみ唱える外交手段であるとの解釈しているのが現実だ。それらの所業は日本語では説教強盗と言うが、彼らには当然の行いと考えているのであろう。

日本人が“日中友好”を言わなくなったから中国人も言わなくなったのか、それとも先方も言っても利がなくなったから言わなくなったのか。
似ているようでいて似てないのが日本と支那の文化だろう。人生観から死生観が全く正反対の文化だからこそ、興味はあるが相容れない事を知り、付かず離れず付き合うことを我々のご先祖様はして来たのだ。
一衣帯水も“日中友好”の言葉と同様浮いている今日この頃である。

日中他人”、所詮水と油、と知って付き合うことこそが本当の友好になると言うアイロニーこそ、正に智慧である。


変わったもんだ、そしてちょっとばかりうれしい。

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