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鳩ゴゴロはブレていない-その2

鳩ゴゴロはブレていない その2
  とんでもない日本国首相

 前稿に続き、我が日本国政治リーダーである鳩山首相の「思い」を書きたい。

民主党HPより:
 鳩山由紀夫総理大臣(代表)は8日夕、首相官邸内で記者団に対し、同日、米軍普天間基地移設問題に関連して沖縄を訪れている平野博文官房長官に対し、「まずは、沖縄県民の思いを官房長官に十分に理解をしていただき、その中からアメリカにも理解をしていただけるような解決策を見だしていきたい」と期待を示し、官房長官自身も強い意志を持って行動していることを紹介した。


 鳩山首相は良く「思い」と言う言葉を使うが、その思いがどんな内容かを具体的に語ることは少ない。「沖縄県民の思い」として、「戦争中の苦しみ」や「基地がある苦しみ」等の一般的な事を挙げているが、では沖縄以外ではそんな苦しみが無いのか、と考えると、沖縄県民だけの「思い」でないのがわかる。

 ところで沖縄県民の「思い」とはどんな内容だろうか。
一般的に「思い」とは「思う事」であり、それに加えて「こうしたい」と一般に思う事より意志が強く働く意味ではなだろうか。
単純に思う事よりも執心が働き、その執心が拘りとか恨みとか異性へ心を寄せる意味にもなってくるのが、「思い」の意味であろう。
沖縄県民に敷衍すれば、普天間基地移設問題で「思いをめぐらす」に始まり「思いもよらない事」があったりしながら、一旦は「思いが適いそう」になったが、鳩山氏が選挙で出した素晴らしい県外や国外移設案に「思いを寄せ」たりし、それで「思いが適う」と思ったら、「思いがけず」に「思いが適いそうもなく」なって、「思いに沈」んでしまっているのが、今の沖縄県民の「思い」ではないだろうか。

 この様に「思い」とは、「思い」を持つ当事者自身-沖縄県民では、本心や心情や信念程深いものでもなく、また行動を伴う要望や要求や陳情ほど強いものでないことがわかるであろう。当事者本人がそれほど決心していないからだ。
一方で「思い」を理解しようとする他人-鳩山現首相は、決心していない沖縄県民の「思い」の一方だけを膨らませて、自民党では出来なかった県外移設すると言って票を取ったといえる。
鳩山氏は、沖縄県民の「思い」を半分理解しているから、彼の論理では理解したと言えるのだ。

 今の鳩山首相は自分に都合のよい「思い」を理解する事で、都合の悪い「思い」で国政を運営している一例であろう。「朝鮮人の思い」「定住外国人の思い」が、地方参政権付与に、「弱い女性達」「弱い子供たち」「社会的弱者」が人権擁護や女性と子供の権利膨張へと、その「思い」を広がっている。

 この鳩山氏の思考は友愛や東アジア共同体などの現実離れした考えに結び付いている。現実離れと言うよりも幻想の世界(ファンタジー)で浮遊している人ではないだろうか。
戦後の1947年に生まれてから、良い家柄で、頭脳に恵まれ、お金にも恵まれて、何一つ苦労することなく成人し、アメリカに留学し、父親が建てた大学に職を得、37歳で政界入りし、父の政界遺産と母親から巨額の生前贈与を得て、国会議員が一番大変な地盤とお金の苦労をしたことも無い人だ。
これまで現実世界の厳しさに直面した事がなさそうであり、厳しさに直面した途端に逃げ出し、幻想の世界で人の「思い」を語る人が、今我々のリーダーとしてリーダーごっこをしている。周りには海千山千の旧社会党議員から労組・日教組の猛者が屯している。

 首相就任後半年が経たが、最近の氏は現実離れが更に進行しているように「思える」。現実の厳しさがそうさせているのだろう。益々友愛と「思い」で世界平和のためにと称して日本の国益などお構いなく幻想の世界を飛び跳ねるだろう。頭が良くそして反日の確信犯だけに引き下ろすにも苦労すだろう。
我々はとんでもない人を我々は選んでしまった。
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