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戦後教育の洗脳から脱却する為に、近現代史を学ぼう

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千葉景子の最後っ屁その1

最後っ屁は未だ続く


 千葉景子全共闘内閣選挙落選法務大臣が、死刑執行の命令書にサインをして、やっと死刑執行をした。

 憲法にも刑法にも書かれた法務大臣としての責務を、就任後就任後一年近く経ってから執行した。責務を果たしたのは良しとするが、その中身は問題が多い。

問題1:死刑執行の判断は大臣がするものではない。裁判での判決で決まる。
    
    千葉大臣は、就任後も責務不履行を問われて、「色々私なりに検討した上での結論」の答えたが、法務大臣は手続き上   の執行者であり、死刑判決に口を挟めない。
   今後大臣が勝手に検討したら、日本は四審制になってしまう。法務大臣が勝手に検討すべきでない。

問題2:死刑執行の権限者‐法務大臣に民間人を起用すること
   
    菅総理大臣の任命責任と、臆面もなく続投を受けた千葉氏も、民間人が法の番人としての法務大臣になるべきでない。    ましてやこの千葉景子は7月の選挙で落選した議員である。落選したのは、推進している外国人参政権・夫婦別姓・人権   擁護法案にノーと言ったのだ。
   そんな人が権限者として居残る正当性は全くないはずだ。

問題3:死刑執行を自己保身の道具に使った

    選挙で落選(レッドカード)し、職務継続の正当性、職務の怠慢で国会で問責決議が出されようかとしている状況で、      これまで死刑執行をしていなかった法務大臣が、国会開会前に死刑を執行する、その死刑に立ち会う、そして記者会見で   死刑のあり方を考える、等と述べて、これまでの怠慢を糊塗する動きは、演技‐パフォーマンスと疑われるに十分である。    本人が否定しようが他人はそう考えるのだ。その答弁に、‘他人は他人、私は私’の身勝手が透けて見える。死刑囚を    ‘出し’に使って己の保身を図る、正に身勝手が具現化している図だ。



 死刑廃止を「信念」と掲げているが、そもそもそんな信念はないんだろう。
千葉大臣も弁護士であり、弁護士に多い死刑廃止論は、信念ではなく宣伝謳い文句であろう。光市母子殺人事件を担当した(いい加減な)弁護士も死刑廃止論者と知られているが、死刑囚を飯の種として、三審まで持って行き、再審まで行わせて弁護士料を稼ぐ為の、誇大広告宣伝文句なのではないか。

 死刑廃止論弁護士藁は、にも縋りたい死刑囚、無期懲役で生きたい死刑囚、そしての死刑囚の家族や親族を焚き付け、金を出させ、支援団体を作らせて弁護士費用を充当させるビジネスモデルとしているのはないか。

今の千葉景子大臣にとって、弁護士としての死刑囚と法務大臣としての死刑囚を秤に掛けた上で、死刑執行を取ったのであろう。
千葉景子62歳、国会議員4期24年間で退職金と年金、弁護士としてのこれからの収入を秤に掛けて、弁護士としての死刑廃止弁護士の看板をそっと下ろした。言い訳がましく死刑執行に立会い、今後も死刑に取り組む(何を?)とは、言ったが。

身勝手で己の保身しか考えない人が大臣でいる、それも法務大臣として。

人権擁護法案、外国人参政権、夫婦別姓など、他人の意見など聞く耳を持たず、やりたいことをやるだろう。

最後っ屁はまだ続く
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