日本の再生に向けて

戦後教育の洗脳から脱却する為に、近現代史を学ぼう

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「宰相不在社会」

 直人首相が掲げる「最小不幸社会」の意味は「不幸者最小化社会」の意味のようだ。

 元々最小不幸社会が不幸を個人レベルと捉えるのか社会レベルと捉えるのか、そしてそもそも「不幸」とは何かが曖昧で、それを天災だけでなく個人のレベルまで下げたらキリが無い。極端に言えば美人でなければ不幸だと考える人だっている。

 この「最大多数の最大幸福」をもじって否定的言葉で首相が政治信条の如く語るのは、違和感がある。

年金不払主婦への過剰救済問題の根は、手続き上のミスでも何でもなく、首相の「不幸者最小社会」を実現した結果そのものである。そこに不幸な人がいるから彼女らを救済すれば不幸は最小になる。

 この年金不払い主婦への救済で、「最小不幸社会」とは、このような「不幸」な人を限りなく救済する便法で或ることが判ったではないか。その根本には社会的弱者を社会で救済しようと呼びかけに呼応するもので、子供手当て、外国人参政権、在日、部落、アイヌ等を殊更被害者として救済を求める「主義者」の主張が見えてくる。

 こうして日本はお金を国から貰うことを是とする、不幸者天国になる。生活保護を受ける人が増え、働かないとから食わろと要求する人が増える。
内閣が言う「成長戦略」とは、不幸者成長戦略」である。

それは己自身を恃みとする人にとっては、「宰相不在社会」であることに今気が付いた。
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